「共感」するだけじゃ進めない

低所得層の人たちが住んでいた地域が再開発され、おしゃれで小ぎれいな町に生まれ変わる。その結果、住宅の値段や家賃が高騰する「ジェントリフィケーション」という現象は、世界中で起きています。日本でも東京や大阪など都市部で発生していて、元の住人である貧しい人々が追い出される問題性は指摘されているものの、反対運動はあまり見られません。

また、日本はジェンダーギャップ指数が非常に低く、先進7ヵ国の中では最下位。不平等に苦しむ女性がたくさんいるのが現状です。それなのに、声を上げるより、諦めのムードが広がっているように見えます。だから私は、女性が自分たちの置かれた状況に異を唱え、立ち上がったこのロンドンでの出来事を、日本の人たちにも知ってほしいと思ったのです。

問題をより身近に感じてもらうため、ロンドン駐在で日本の新聞社に勤める史奈子という女性記者を、物語の案内役にしました。彼女自身もまたこの出来事を取材するなかで変化していきます。

本書の冒頭で、占拠グループのリーダー的人物であるジェイドが「あたしたちが求めているのは少しばかりのリスペクトなのです」と演説する場面を描きました。

日本では「リスペクト」をもっぱら「尊敬」という意味で使いますよね。でも実は違う意味もある。自分と違う文化や考え方、バックグラウンドを持った人たちと接する時に、それがたとえ自分には理解しがたくても、相手を侮辱したり傷つけたりしない「思いやり」もまた、「リスペクト」というのです。

以前、人種差別問題なども扱ったエッセイで、当時中学生だった私の息子が言った言葉「エンパシー(共感、感情移入)とは、自分で誰かの靴を履いてみること」と書いたところ、大きな反響がありました。だから今回は、「他者の靴を履いてみたその先」を書きたかったのです。