心にときめきの対象を持っている人は、毎日が充実しているように見える。フリーライター・亀山早苗さんの取材から分かった、熱烈なファンたちの活動実態と推し活の《効能》とは
夫が45歳のときに急逝
「父方の祖母がピアノを弾いていたんです。若いころ音楽で身を立てようとしたこともあるらしくて。その影響なのか、父はクラシック音楽が大好き、オペラも大好きという人でした」
サクラさん(65歳)が育った家では、夕食時にもオペラのレコードがかけられていた。父はときおり音楽に夢中になって箸が止まり、母に「早く食べて」と𠮟られていたという。「そんな環境だから私もオペラ好きになりました。でもせいぜい、有名歌劇団が来日したときに聴きに行くくらいだった」
父のあとを継いで医師となり、同期の医師と32歳のときに結婚した。子どものいない夫婦だったが、夫もオペラ好きとあってふたりでイタリアまで聴きに行ったこともある。ところが、夫は45歳のときに急逝。「穏やかな優しい人でケンカひとつしたことがありませんでした。悲しくて、何度あとを追おうと思ったか……」
だが医師という職業柄、自ら死を選択することだけはできなかった。彼女は心に開いた穴を埋めるように、夫の好きだったオペラのCDを毎日聴き続けた。そして10年ほど前、夫との思い出をたどりたい気持ちに突き動かされ、ひとりでイタリアへ。
「そのときある町の歌劇場で、素晴らしい歌声に巡り合ったんです。テノール歌手なんですけどね、この声を聴き続けたい、そう思いました」
帰国してから彼のことを調べると、ヨーロッパのあちこちの劇場に出ている。それに合わせて年に数回、渡航。イタリア語教室にも通い、日常会話ならなんとかこなせるようにもなった。