一九三三年、日本統治下の台湾。ある事件により東京の雑誌社をクビになった記者・濱田ハルは、台中名家のお嬢様・百合川琴音のさそいに日本を飛び出し、台湾女性による台湾女性のための文芸誌『黒猫』編集部に転がり込んだ。記事執筆のため台中の町を駈けまわるハルが目にしたものとは――。モダンガールたちが台湾の光と影を描き出す連作小説!
二 後篇
旅行日程の中盤、台中での講演会が終わったあと、一足先に昼食に向かった女性作家たちの講演原稿や書籍などを会場に残って片付けていたとき、小柄な少女がハルに近づいてきて、落ち着いたアルトの声できいた。
「きみは、この講演をどう思う?」
見た目に反して、男のような話しかたをする少女だとハルは思った。
「台中高女の学生さんですか?」
質問の答えになっていないと思いつつも、ハルはそう尋ねた。一瞬、あっけにとられたような表情を浮かべてから、その少女は大きな声で笑った。
「お言葉だが、たぶんきみよりも歳は上のはずだ。わたしは蔡秀琴、本郷の女子美術学校を卒業してから内地の雑誌社で働いているが、いまは家の事情もあって一時的に帰ってきている。……もしかしたら百合川琴音という筆名のほうが内地では知られているかもしれないな」
自信に満ちた態度とは裏腹に、筆名について口にしたとき、その少女は少しだけ頰を赤くした。