一九三三年、日本統治下の台湾。ある事件により東京の雑誌社をクビになった記者・濱田ハルは、台中名家のお嬢様・百合川琴音のさそいに日本を飛び出し、台湾女性による台湾女性のための文芸誌『黒猫』編集部に転がり込んだ。記事執筆のため台中の町を駈けまわるハルが目にしたものとは――。モダンガールたちが台湾の光と影を描き出す連作小説!
六 後編
ひさしぶりのウィスキーの酔いがまわってきて、ハルがぼんやりと川に映りこんだネオンをながめていると、また百合川の声がきこえた。
「――それにしても、期待どおりきみは頼もしかったな。朝、警察がきたとき、口では威勢のいいことをいっていても、わたしは足がすくんでしまっていたよ」
期待どおりという言葉が引っかかって、ハルは「あたしのこと、なにも知らないじゃないですか」といった。
百合川は、えくぼをつくって笑うと、はたしてそうだろうかね、とまたウィスキーをあおる。心なしか百合川も酔いがまわっているようだ。
「わたしが内地の雑誌社で働いていたのは知っているな? きみに台中で会ったあと、わたしはまた内地に戻ってしばらく働いていたんだ。お祖父さまはわたしを結婚させようと必死だったが、わたしは結婚するくらいなら死を選びますといいはった」
ハルはただうなずく。百合川はいつものからかうような目をする。