老人ホーム入居で、元気を取り戻した父
老人ホームに入居してから、父は日に日に元気になってきた。ホームの中が広いので、食堂に行ったり敷地内のデイサービスに通ったりするのが、知らず知らずのうちに足腰のリハビリになっているようだ。
家にいた時の父の生活を振り返ってみると、寝室からトイレや居間に移動するだけだから、歩数はすごく少なかった。90歳過ぎまでスポーツクラブで軽い筋トレをしていた父だったが、車を運転しなくなってから生活が変わってしまった。
ほとんどの時間をベッドの中でテレビを見て過ごすようになり、足が少しずつ細くなっていった。足の爪を切ってあげる度にそれを目の当たりにし、切なくなったものだ。
体と脳は連動しているのだろう。同じことを何回も言うことはよくあるが、最近の私との言葉のやりとりは、認知症と診断される前よりしっかりしているように感じる。入った老人ホームとの相性が良かったのかもしれない。
ホーム入居後2週間経った頃、昔勤めていた会社の後輩から、ランチのお誘いの電話があった。ちょうどその電話がきた時、私は父の居室にいて父が返事をしているのを聞いた。
「あぁ、お久しぶり。はい、行きますよ。体調? すこぶる健康です」
父がしたいことはできるだけ叶えてあげたいと思っている私は、父に提案した。
「私はその日、お昼まで空いているよ。迎えに来てお店まで乗せて行けるけど、午後は仕事があるから、タクシーで帰ってきてね」
「あぁ、そうしてくれると助かる。帰りは大丈夫だ」
以前から私とも連絡を取ってくれているランチ会のメンバーの一人に、父に内緒で電話でお願いをした。
「帰りは、タクシーに乗るのを見届けていただけますか? 父の財布と携帯にはホームの住所が書いた紙が入っていますので、どうぞよろしくお願いします」
ランチの当日迎えに行くと、父は心底うれしそうな顔をして言った。
「元気だった頃は、月に一度のOBのランチ会が楽しみだった。また行けるようになって良かった」
「うん、私もうれしいよ。ゆっくりおしゃべりしてきてね」