(撮影:新潮社写真部)
出版社勤務を経て2000年に作家デビュー。『ほかならぬ人へ』で直木賞を受賞し、父の白石一郎と初の親子二代での直木賞受賞となった白石一文さん。作家として活躍を続け、67歳の今人生の終盤に差し掛かり、これまでの人生で〈やってこなかったこと〉への後悔に襲われてしまうと語ります。そんな心境を描いた小説『睡蓮』は、ある28年連れ添った夫婦の物語だそうで――。(構成:野本由起 撮影:新潮社写真部)

人生の終盤に差し掛かり

還暦を迎えた頃から、「え、もうこんな歳だっけ」と自分の年齢に驚くことが増えました。気づけば67歳、父で作家の白石一郎が亡くなった72歳まで、残すところ5年です。にもかかわらず、人生を振り返ってみると何も達成していない。「67年も生きてきたのに、こんなものか」と虚しくなります。

若い頃は「小説家になりたい」と熱望し、努力をしてきました。そして、なりたかった職業に就き、直木賞を受賞、今もこうして続けられている。

でも歩んできた道のりを思い返したとき、これまでの選択は本当に正しかったのだろうかと。作家として一人前になるために、多くの犠牲を払ってきました。当時はそれでよかったはずなのに、ふと顔を上げれば、周りのみんながとても楽しそうにみえる。

これまでの人生で〈やってこなかったこと〉が突然光を帯び、後悔に襲われてしまうのです。人生の終盤に差し掛かり、納得がいかないのは僕だけではないでしょう。これから僕は何を支えに生きればいいのか。同世代の登場人物を通して、今の心境を描いたのがこの小説です。

エリートサラリーマンの鬼間(きま)貴之は、保育園で出会った智子(さとこ)を4歳の頃から愛し続け、大学卒業後、就職3年目で結婚。その後も彼女を生きる目的として人生を歩んできました。

ですが、夫婦になって28年が経つとき、智子は突然彼のもとを去り、数年も経たずに貴之は死亡。それから17年後、亡き貴之を軸にして、智子と現在の夫、貴之の妹である櫻子たちの人間模様が動き出します。