(撮影:岡本隆史)
演劇の世界で時代を切り拓き、第一線を走り続ける名優たち。その人生に訪れた「3つの転機」とは。半世紀にわたり彼らの仕事を見つめ、綴ってきた、エッセイストの関容子が訊く。第50回は歌舞伎役者の中村梅玉さん。9歳の時に、子どもが生まれなかった歌右衛門家の養子となった梅玉さん。歌右衛門さんは、普段は優しいけれど稽古は厳しかったそうで――。(撮影:岡本隆史)

「養子になって、舞台に出るんだよ」

《白皙(はくせき)の貴公子》のイメージを今も保ち続けている二枚目役者。2022年には人間国宝(重要無形文化財保持者)となった。昭和を代表する名優、真女方(まおんながた)の六代目中村歌右衛門の養子として、その薫陶を受けた結果と言える。

『仮名手本忠臣蔵』の塩冶判官、『御存鈴ヶ森』の白井権八、『頼朝の死』の将軍頼家などが当たり役。この写真撮影中もおっとりとして静かに立つ姿は、まるで『勧進帳』の義経の舞台姿を見るようだ。

聞けばこの義経が「唯一、父・歌右衛門から手取り足取り教わった役」とのこと。

――第1の大きな転機は9歳の時、小学校4年だったかな。中村歌右衛門の養子になったことですね。将来進むべき道がまずここで決定してしまったわけですから。

歌右衛門の妻つる子が、実父の妹。当時、阿佐谷に住んでいて、僕は子どもの頃からよく遊びに行った記憶があります。父歌右衛門は大の犬好きで、その頃はスピッツのクマというのがいて、僕は父のことを「ワンワンおじちゃん」と言ってました。