<いつも緊張して気が休まらない><人の反応を気にしすぎてしまう>…。「こうした日常の“生きづらさ”の背景には、子ども時代や過去の経験で受けた心の傷=かくれトラウマが影を落としているのかも」と指摘するのは、トラウマケア専門「こころのえ相談室」代表で、公認心理師の井上陽平さん。今回は井上さんの著書『かくれトラウマ 生きづらさはどこで生まれたのか』から一部を抜粋し、過去のトラウマからちょっとした会話でも疲れ果ててしまう “生きづらさ”と、心身に起こりやすい不調についてご紹介します。
たわいもない会話でも疲れてしまう
人と話しているだけなのに、気づけば肩に力が入り、体がピンと張り詰める。「話すのがしんどい」という人のなかには、単に会話が苦手なのでなく「安心して話せる経験が少なかった」経験を持つ人が少なくありません。
これからお読みいただくのは、私が相談を受けたクライアントの “実体験”です。
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たわいもない会話をしているだけなのに、心の中ではずっと警報が鳴っている。「今の言い方、変だったかな」「ちょっと相手の表情が曇った気がする」「私、何かまずいこと言った? もう嫌われたかも……」。
そんな考えが次から次へと浮かんできて、一言話すにも頭の中はフル回転。まるで試験を受けているみたいに、正解を探して、間違ってないかを確認し続けている。ちゃんとできているか、自分の言葉が相手にどう届いているか、ずっと不安でたまらない。
無意識に相手の表情や声のトーンを読み取ろうとして、顔色ばかり見てしまう。
ちょっとした沈黙も、「今の間、気まずかった? もしかしてつまらなかったかな?」って、一人でぐるぐる考えてしまう。言葉の裏まで深読みして、勝手に疲れて、勝手に落ち込んでいる。
だから会話が終わると、どっと疲れる。家に帰ったとたん、張り詰めていたものが一気にほどけて、ソファに倒れ込んで動けなくなることもある。「こんなことでいちいち疲れるなんて、私おかしいのかな」と、自分を責めたくなるときもある。
ずっと緊張して、相手に合わせることに必死で、心からリラックスして言葉を交わせる場が、ほとんどなかったような気がする。本当は、何も考えずに自然に笑ったり、くだらないことで盛り上がったり、黙っていても気まずくならなかったりする、そんな関係がほしい。相手にどう思われるかを気にせずに、ただ「ここにいていい」と思える空気の中で過ごしたい。けれど、そういう安心がどこにあるのか、まだわからない。
だから今日もまた「ちゃんとしなきゃ」と自分を追い立てながら、無理して人と接している。ほんの少しでも、安心できる場所や人に出会えたなら、こんなふうに疲れ果てる毎日は、少しずつ変わっていくのかな。