思い込みや確認不足などによって起こる「凡ミス」。誰にでも起こり得る可能性があるものですが、歴史を辿ってみると、たった一つの小さな「凡ミス」で世界を大きく変えてしまった人たちがいます。そこで今回は、クイズ作家・近藤仁美さんの著書『世界を変えた「凡ミス」図鑑:昔の人たち、やらかしすぎ!』から一部を抜粋し、笑えないけど笑ってしまう、歴史的「凡ミス」をご紹介します。
悪口を言いすぎて命を狙われる
織田信長 天下統一の基礎を築いた戦国大名
室町時代末期、200年以上続いた足利幕府の権威は地に落ち、その長である征夷大将軍は名ばかりの存在となっていた。将軍の候補者たちももはや京に留まる力はなく、各地の味方を頼って転々と暮らしていた。
1568年、織田信長は将軍候補の一人であった足利義昭を助け、上洛の夢を果たさせてやった。ほどなくして義昭は将軍に任命され、信長は将軍を支える忠義の人というポジションを得た。
信長は、なにも慈善事業に目覚めたわけではない。将軍を立て、支える体にすることで、敵対する勢力を賊軍扱いできると考えたようだった。
一方で、義昭は、将軍になったからには自分で政治をしたいと考えた。信長の兵力がなければ将軍になれなかったのは明白なのに、諸大名に独自に手紙を送り、自分の勢力圏を作ろうとした。
イラッとした信長は、1569~1570年にかけて「殿中御掟」を出した。これは、義昭の行動を制限するもので、「信長の許可なく他家に手紙を送らないように」「訴訟は正規の手続きを経ること」など、義昭からすれば煙たい内容だった。
それでも、義昭はまだ「信長に将軍にしてもらった」という自覚はあった。信長も、形式的には義昭を立てていたので、両者の均衡は危うくも保たれていた。