日本の現在の税制における中核(基幹税目)は、所得税、法人税、消費税の3つであり、これらは『基幹三税』と呼ばれていますが、江戸時代の税の中核であった年貢についてどれくらいご存知でしょうか。歴史学者である渡辺尚志先生は「江戸時代は年貢抜きには語れない」と語ります。そこで今回は渡辺先生の著書『年貢-せめぎ合う江戸時代の領主と百姓』より一部を抜粋し、江戸時代の生活や年貢についてお届けします。
百姓にとっての年貢の重さ
ごく大づかみに言って、江戸時代後半に地主・小作関係が拡大してくると、農業生産物は領主・地主・小作人がそれぞれ3分の1ずつ取得するようになった。
領主の取り分が年貢、地主の取り分が小作料、この両者を納めた残りが小作人の取り分である。
自作地の場合は、年貢以外の生産物が土地所持者(自作農)の取り分となる(1)。豊臣政権期や江戸時代前期と比べると、領主の取り分比率は確実に減少している。ただし、地域や領主の違いによって、現実はより多様だった。
百姓の年貢負担について、個別の村の数値をあげてみよう(2)。信濃国更級郡中氷がの村(「がの」はかねへんに色)(現長野県長野市稲里町中氷鉋)は、長野県北部、犀川と千曲川にはさまれた川中島平に位置する村である。
(1) …佐藤和彦編『日本史小百科 租税』東京堂出版、1997年
(2) …佐藤常雄・大石慎三郎『貧農史観を見直す』講談社(講談社現代新書)、1995年