「牛の角」をめぐって国民投票?
スイスでは昨秋、「牛の角」をめぐって国民投票が行われた。牛やヤギの角を切らずに飼育している農家に、新たに補助金を支払うべきかを問うものだ。
畜産現場では、管理の都合上、牛の角を切ってしまうことが多い。しかし角には血や神経が通い、切る際に激しい痛みを伴う。そのショックで死んでしまう牛もいるのだとか。実は今回の国民投票は、牛の苦しみに胸を痛めた一人の酪農家が、“家畜の尊厳”を守るべく実現させたもの。彼は、国民なら誰でも憲法の改正を発議できる「イニシアチブ」という制度を利用して、法案を提出。厳しい条件を見事クリアし、国民投票にまでこぎつけた。最終的に国民の約55%が反対し否決されたが、この国ならではの光景だ。
スイスはもともと動物を愛する国。1981年に動物保護法が制定されて以来、動物に関する規定が数多く誕生している。
例えば、アニマルウェルフェア(家畜の快適性に配慮した飼養管理)に関する規定。牛を牛舎に常時いでおくことは禁止され、最低でも年90回は屋外に出す義務がある。さらに、鶏を狭い檻で飼育するケージ飼いもNG。そのぶん卵や鶏肉の値段も高くなるが、多くの人が国産品を購入するし、国内のマクドナルドでは肉類は80%、卵は100%国産のものを使用するという徹底ぶりだ。
昨年は動物保護法が見直され、子犬の違法繁殖に対する取り締まり強化や、吠える犬を罰する装置の使用禁止などが新たに盛り込まれることになった。
なかでも驚いたのは、「エビやカニなどの甲殼類を生きたままゆでてはならない」とされたこと。甲殼類は熱湯に放り込まれた際、痛みを感じている可能性があるため、調理前に気絶させることが義務づけられた。その方法は、「電気ショック」か「機械を用いた脳の破壊」のいずれか。はたして電気ショックの機械まで用意して調理する人がいるのだろうか……。
少々過剰に思える法律もあるが、動物を愛するがゆえの規定であることは間違いない。動物たちが幸せに暮らせる国だからこそ、私たち住民も安心して生活できるのだろう。(チューリッヒ在住)