自分にとって都合の悪いことは棚に上げ、うまくいかないことがあるたびに「私は悪くない」と主張して他人や環境のせいにする……。「このような病的ともいえるほどの自己正当化が蔓延している」と指摘するのは精神科医の片田珠美さんだ。片田さんは「自己正当化が強すぎると、やがて周囲から白い目で見られるようになり、取り巻く状況がますます悪化してしまう」と警告を発します。その例として、社員の家庭事情をべらべらと話し続ける社長の例があるそうで――。
Fさんの言いづらい家庭事情を吹聴した社長の場合
小さな町工場に勤務する50代の男性Fさんはうつで休職中なのだが、「最近また調子が悪くなった」と診察時に訴えた。
原因を尋ねると、勤務先の社長が他の従業員の前でFさんの噂話をし、「あいつがうつになったのは家族が原因」と言ったと、仲のいい同僚から電話で聞いたということだった。
その同僚が嘘をついている可能性もないわけではない。だが、Fさんによれば、それは考えられないという。
第一、Fさんの家庭の複雑な事情を知っているのは、その工場では社長くらいなので、やはり社長が怪しいらしい。
Fさんが幼い頃、母親が蒸発し、その後紆余曲折(うよきょくせつ)あって両親の離婚が成立。また、Fさんの弟は10代で自殺しており、Fさん自身も離婚を経験している。
離婚後、Fさんは実家に帰って父親と一緒に暮らしていたのだが、その父親が認知症になった。そのため、夜中に大声で叫んだり、近所を徘徊(はいかい)して警察に保護されたりしたことがあり、それがFさんのうつ発症のきっかけの一つにもなった。