初めて挑んだ家族小説
『風に立つ』は、私にとって初めての家族小説です。読売新聞で連載を始めるにあたり、「柚月さんの故郷を舞台に、家族小説を書いてみませんか?」と、ご提案をいただいたときは、正直な話、躊躇しました。これまで書いてきた『孤狼の血』のような作品は、自分とはものすごく距離感のある世界で、キャラクターも私自身とはかけ離れている。だからこそ、100%エンターテインメントに徹して、読者のみなさんに思い切り楽しんでいただける作品を書くことができたのです。
でも、「故郷」や「家族」の場合は、身近であるがゆえに気恥ずかしいし書きづらい。これまでの作品のように、派手な抗争シーンや緊迫した手術シーンが登場するわけでもありません。ある意味、誰にとっても身近な「日常」を描くわけですから、いかにページをめくっていただくか、それこそ手探りしながらの執筆でした。途中でかなり苦しいときもありましたけど、派手なシーンが少ない代わりに、登場人物の内面の動きをいかに丁寧に伝えるかということに心を砕きつつ、執筆に臨む日々でした。
故郷の岩手からも大きな力をもらいましたね。私が岩手で過ごしたのは高校時代まで、社会人になってからはずっと山形で暮らしています。結婚して家庭を持ったのも山形ですし、すでに山形で過ごしている年月のほうが長いのです。それでも、私の故郷と言えるのはやっぱり少女時代を過ごした岩手です。
今回の作品を書いている間も、美しい岩手山やきれいな星空、澄んだ川の流れやチャグチャグ馬コの鈴の音(編集部注:たくさんの鈴で飾り付けられた馬が行進する岩手県の伝統行事)など、自分の中に残っていたたくさんの思い出が鮮明によみがえってきました。私はすでに両親を亡くしているので、在りし日の両親の思い出と重なって、懐かしい風景の数々が心の奥底から浮かび上がってきたのでしょう。