小説家の柚月裕子さん。初の家族小説『風に立つ』について、そしてご自身の家族観についても語っていただきました(撮影◎本社 奥西義和)
40歳のときに作家デビューして以来、『孤狼の血』『盤上の向日葵』など、極道、刑事、将棋の棋士といった硬派な男性たちを主人公に、ハードボイルドな話題作を次々と世に送り出してきた柚月裕子さん。2023年に天海祐希さん主演でドラマ化された『合理的にあり得ない~探偵・上水流涼子の解明~』も柚月さんの作品が原作だ。そんな柚月さんが手がけた初めての家族小説が『風に立つ』。出身地である岩手県を舞台に、南部鉄器の職人である父親・孝雄と息子・悟の間にある「家族だからこそ、わかりあえない思い」が掘り下げて描かれている。孝雄が非行少年・春斗を預かったことをきっかけに、変化する2人の関係。この作品で柚月さんが描こうとした親子のありかたはどのようなものだったのか。娘として、妻として、母として、ご自身の家族観についても語っていただいた(構成◎内山靖子 撮影◎本社 奥西義和)

初めて挑んだ家族小説

『風に立つ』は、私にとって初めての家族小説です。読売新聞で連載を始めるにあたり、「柚月さんの故郷を舞台に、家族小説を書いてみませんか?」と、ご提案をいただいたときは、正直な話、躊躇しました。これまで書いてきた『孤狼の血』のような作品は、自分とはものすごく距離感のある世界で、キャラクターも私自身とはかけ離れている。だからこそ、100%エンターテインメントに徹して、読者のみなさんに思い切り楽しんでいただける作品を書くことができたのです。

でも、「故郷」や「家族」の場合は、身近であるがゆえに気恥ずかしいし書きづらい。これまでの作品のように、派手な抗争シーンや緊迫した手術シーンが登場するわけでもありません。ある意味、誰にとっても身近な「日常」を描くわけですから、いかにページをめくっていただくか、それこそ手探りしながらの執筆でした。途中でかなり苦しいときもありましたけど、派手なシーンが少ない代わりに、登場人物の内面の動きをいかに丁寧に伝えるかということに心を砕きつつ、執筆に臨む日々でした。

故郷の岩手からも大きな力をもらいましたね。私が岩手で過ごしたのは高校時代まで、社会人になってからはずっと山形で暮らしています。結婚して家庭を持ったのも山形ですし、すでに山形で過ごしている年月のほうが長いのです。それでも、私の故郷と言えるのはやっぱり少女時代を過ごした岩手です。

今回の作品を書いている間も、美しい岩手山やきれいな星空、澄んだ川の流れやチャグチャグ馬コの鈴の音(編集部注:たくさんの鈴で飾り付けられた馬が行進する岩手県の伝統行事)など、自分の中に残っていたたくさんの思い出が鮮明によみがえってきました。私はすでに両親を亡くしているので、在りし日の両親の思い出と重なって、懐かしい風景の数々が心の奥底から浮かび上がってきたのでしょう。