タイトルの「52ヘルツのクジラ」とは、他のクジラが聞き取れない高い周波数で鳴くクジラのこと。仲間に声を届けられないため世界で一番孤独だと言われている。

志尊さんが演じるのは、家族に人生を奪われてきた(杉咲花さん)の声なきSOSを聞き取り、救いの手を差し伸べる、塾講師の岡田安吾。安吾は生まれたときに割り当てられた性別が女性で、性自認が男性の「トランスジェンダー男性」で、自身も大きな孤独を抱えているという役どころだ。

――過去にトランスジェンダー女性を演じた経験から、安吾の人生に生半可な気持ちでかかわってはいけないということはよくわかっていました。自分の身体を通して言葉を発し、安吾に心を通わせていく、その覚悟を僕が決められるかどうか。当然、僕の身体は変えられないなかで表現していくことになる。いったい、どうすれば安吾に寄り添えるのか。

とにかく岡田安吾を生きよう、と気持ちが固まったのは、成島(出)監督とお話をさせていただいたことが大きかったです。僕のほうから「成島さんがトランスジェンダーをどう捉えているのかを伺いたいです」と切り出しました。

原作小説を読んで僕が感じたこと、本をそのまま映像作品にすると、トランスジェンダーが、何かキャラクターの一つみたいに受け止められてしまいそうで、それは違うんじゃないかと思うこと。トランスジェンダーの方々を傷つけることにならないかが何よりも不安であること。

そんなことをわーっと話したら、成島さんが大きくうなずいて「僕も同じことを思っています」と。そして、成島監督自身の覚悟を話してくださいました。そのとき、ああ、このチームでならできる、と僕自身の覚悟も定まりました。それで、その場で「やらせてください」とお伝えしたのです。