(写真提供:講談社)
2024年上半期(1月~6月)に『婦人公論.jp』で大きな反響を得た記事から、今あらためて読み直したい1本をお届けします。(初公開日:2024年05月29日)******2023年11月24日に作家の伊集院静さんが永眠されました。『機関車先生』『受け月』などの数々の名小説を残した作家でありながら、『ギンギラギンにさりげなく』『愚か者』などの名曲を手掛け、作詞家としても活躍しました。今回は、伊集院さんの名言が多数収録された『風の中に立て ―伊集院静のことば― 大人の流儀名言集』から、ユーモアがありながらも人間を見つめる深い眼差しが秘められたエッセイを、一部紹介します。

ふしあわせのかたち、情景は同じものがひとつとしてない

しあわせのかたちは、どれも一様に似かよっていることがあるが、哀切、苦悩と言った、一見ふしあわせに映る人々のかたちは、どれひとつ同じものがない。

私は花火を見るのが苦手である。

それは、前妻と、最後に見たものが、花火だったからである。

彼女を抱きかかえて病室の窓辺に行き、二人してしばらく花火を眺めた。

「ありがとう、もういいわ」

と彼女は言い、私はベッドに移した。

彼女が目を閉じたので、病室の電気を暗くした。

それでも病院のすぐ近くで花火が打ち上げられていたので、その爆音と、夜空を焦がす光彩は、容赦なしに病室に飛び込んでいた。

彼女の耳にそれが届いていないはずはなかった。

―あんなに花火が好きだったのに……。