父と母が暖簾を守るために必死でやってきた姿は、私の目に焼き付いていました。伝統の味、そして「材料落とすな、割り守れ」という父の教えを引き継ぐのは当然のこと。
その一方で、このままでいいのかという不安もあったのです。母が力を注いだブライダル市場はまだまだ伸びてはいましたが、足元では少子化が進んでいたし、結婚する人も減っていた。
盛大な結婚式よりも新しい生活にお金をかける時代が、そして披露宴の引き出物に和菓子一辺倒ではなく、チョコレートやクッキーを選ぶ時代がそこまで来ていました。ブライダル向けの商売を中心にしていてはジリ貧になる。
これからの時代を生き抜いていくには、塩瀬のお菓子のおいしさをもっとたくさんの人に知ってもらうことが何よりも必要だと思いました。限られたお客様を相手にするのではなく、広く一般の人に、塩瀬のお菓子を手に取ってもらわなくては。
そのために手っ取り早いのはお店を持つことです。社長になって3年目、今こそ、600年以上塩瀬がやってこなかった「小売り」をやるときだ――。