父が母に向けた真のやさしさ
私は、もう口から物が食べられない母にかなわぬ希望を抱かせるのは酷な気もして、
「お父さんも、そんな夢みたいなことばっかり言わんと、今のうちにお母さんに伝えたいことは伝えとった方がええよ」
と言うと、
「おっ母はこの2か月半、わしらに会えずに寂しい思いをしとるけんのう。このまま一人で死ぬんか思うて、えらい心細かったに違いないわ。せっかくまた会えるようになったんじゃ、おっ母には最後まで希望を持たしてやろうや。今わしが改まった挨拶なんかしたら、おっ母に『ああ、私はもうダメなんかね。死ぬんかね』と思わすことになるじゃろ。そうなこと、わしゃかわいそうでよう言わん。それよりどうせなら、おっ母が前向きになるような言葉をかけてやりたい」
そう、父は母の心のうちを最後まで思いやっていたんです。
そのあたりが「母と最後に素敵な時間を持ちたい」と、結局は我が身かわいさが先に立つ私には想像もつかない、真のやさしさなんだと思います。