伊藤 うちも、父は特攻隊の教官だったトラウマからか、戦後の生き方はなんだか生きてないようでしたよ。
海原 伊藤さんの家庭も謎が多そうですね。うちの両親ともども、絶対開けてはいけない「ブラックボックス」を心の中に抱えていた気がします。とくに母がね。
ある程度成長してから、私は少しでも母をわかろうと思って何度も話し合いを試みました。でも母はタマネギみたいな人で。
伊藤 タマネギ?
海原 むいてもむいても中身の核心にたどりつかない。カウンセリングの現場では、「そこを開くと本人が壊れてしまう」部分は無理にこじ開けない、というルールがあり、最終的には諦めざるをえませんでした。本人の口からは結局なにも語られないまま、亡くなってしまった。
伊藤 海原さんは、なにを知りたかったんだろう。
海原 うーん、難しいですね。母に関してはわからないことだらけでしたから。たとえば私が働いたお金でちょっと良いセーターを買ってきたら、しばらくして母も同じセーターを買ってきたの。あれはびっくりした。
伊藤 謎ですねえ(笑)。海原さんはそのときどう思った?
海原 「自分だって似合うんだ」と言いたかったのかなと。つねに人から褒められたい、という意識の強い人でしたから。
伊藤 でも看護師として活躍し、医者の妻になり、娘も立派な医者にして世間から評価される人生を歩んだのに、どうしてお母さんは満足できなかったのかな。
海原 賞賛を求めてやった行為で褒められるのと、自分が本当にやりたいことをやって副次的に評価されるのでは、自己肯定感がまったく違うんですよ。
伊藤 なるほど、その違いは大きいかもしれない。