「母と別の道に進むことによって、私は救済された。母の望み通り彼と別れていたら、作家として成立しなかったとも思います」

ゾッとする未来を思い描いていた母

母の中には、母親という人格のほかにもう一つ、画家としての人格があります。このことが、私たちの関係性をさらに複雑化していたようです。

忘れもしない、「ダクト事件」というのがありまして。私は暑いアトリエで絵を描く老いた母のために、エアコンを取りつけようと考えました。母にはアトリエに手を入れたくないという鉄の意思があったため、思案してたどり着いたのが、工事が必要ないスポットエアコン。

しかしいざ設置すると、排気用の太く長いダクトが部屋を横切ってしまう。それが美意識の高い母には許せなかったのでしょう。「こんなところで絵が描けるか」と言われてしまったのです。

好意を踏みにじられた私は咄嗟に「それくらいのことで描けなくなる絵なら、描かなきゃいいじゃない」と、捨て台詞を残して出かけてしまいました。

帰宅すると母の頭からは湯気が立っていて、「おまえも偉うなったもんやな」とチクリ。私が娘として言い放った言葉に、母は画家としてのプライドを傷つけられて怒り狂っていたのです。結果、私は土下座をして許しを乞いました。