ジェイクがいてくれたから

高校を卒業すると、ジェイクは地元の工科大学、息子はハワイ大学に進んだ。

お互いの近況をメールでやりとりしていたふたりだが、ある日息子がチャットで送った海の写真に「Beautiful」という一言を残したきり、ジェイクからの連絡は途絶えてしまった。

大学の勉強もお互い忙しかったし、ジェイクにもいよいよガールフレンドができたのだろう、くらいに軽く捉えていた息子だったが、後にこの友人が持病をこじらせて亡くなっていたことがわかった。

この悲しい出来事をハワイから伝える息子の声は冷静だった。既に大きな感情の波が静まったあとだったのかもしれない。

私はマンションの窓から毎日眺めていた、朝靄の中のシカゴのスカイラインを思い出していた。

心のゆとりが失われていたあの頃は、その表層的な都会の景色がただただ腹立たしかったが、それでもその街に生まれ育ち、あなたと仲良くしてくれたジェイクがいてくれたから、私たち家族はなんとか頑張れていたんだと思う、と告げると、息子はしばらく間を置いてから「そうだね」と静かに答えた。

※本稿は、『扉の向う側』(マガジンハウス)の一部を再編集したものです。

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扉の向う側』(著:ヤマザキマリ/マガジンハウス)

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