ボランティアを安易に考えていた
林田さんは退職1か月後から、地域の小学校の見守り活動のボランティアを始めた。地元の市役所の掲示板で募集を見つけたのがきっかけだった。交通量の多い交差点などに立って小学生が安全に登下校できるよう見守る活動を始め、見通しの悪い道や人通りの少ない通学路を通る小学生の登下校の付き添い、通学路の危険箇所などを把握して学校や行政に報告する巡回・点検がメインの活動だった。
地域の小学生を見守るボランティア活動を始めてから3か月ほどの間は、「小学生が喜んでくれ、『おじちゃん』と話しかけてくれるのがうれしい」などと意欲的に活動に携わっている様子が伝わってきた。だが、活動開始から半年を経たあたりから、取材の申し込みに対して「疲れているのでまたの機会に」などと応じてくれなくなり、時を経ずして音信不通になってしまう。
ようやく連絡がついた2023年の年末、林田さんはすでに2か月前にボランティア活動から退いていた。そうして、「自分は価値のない人間」「絶望」という衝撃的な言葉で自らの心情を表す冒頭の場面を迎えるのである。
なぜ自分は価値のない人間と思ったのか、という問いに「無報酬」であること、「活動成果が誰からも評価されない」ことを挙げた林田さんに、わずか1年前、地域ボランティア活動に踏み出す熱い思いを語った意気揚々とした面影は鳴りを潜めていた。