部屋の扉が開け放たれていた
「その時に見た光景にびっくりしたんですよ。私も長年ホテル業をやっていますけどね。これがいかに異常かということは、私がよくわかっています」
4階でエレベーターを降りると、各部屋では清掃が始まっていた。時刻は昼過ぎ。廊下には掃除用具を積んだカートが何台か置かれていた。
確か一番奥の部屋だったかな。
そう呟きながら須藤さんは廊下を奥へと進む。
突き当たりに見えるその光景を見た時、思わず足が止まった――。
その部屋の扉が、開け放たれている。
例の部屋だ。
部屋の前の廊下に、誰かが立っているのが見えた。
それは、作業服を着た中年女性の清掃員だった。
廊下に立ち、開け放たれた扉から部屋のほうをじっと凝視している。
――何をしているのだろうか。
その清掃員は、やや腰を屈めた状態で、緊張した面持ちで部屋の中を睨みつけていた。
よく見ると、その腰には登山で使用するような太いロープが強く結び付けられている。
腰に結び付けられたロープの先は、部屋の中へと伸びていた。
「ちょっと、何やってるんですか?」
須藤さんが声を掛けると、清掃員の女性は驚いたようにこちらを見た。須藤さんの胸元にある社員証を確認したようだった。「清掃中じゃないんですか?」と須藤さんが訊くと、その女性は腰のロープを両手でぐっと握り締め、口を開いた。
「こうしないと、いけないんです」
「え?」
「この部屋では、こうしないといけないんです」
何かに怯えているようだった。