問題の日

問題の日は、7月の蒸し暑い夕方だった。

沼田さんがホームセンター内で作業をしていると、屋内駐車場の方から甲高い女性の叫び声が響いてきた。間もなく、いつもの警察官から内線電話が掛かってきた。

「沼田さん、すみません。また例の件です」

電話の向こうの警察官の声には、明らかに諦めの色が滲んでいた。沼田さんは工具箱を手に取ると、重い溜め息をついて駐車場へ向かった。

屋内駐車場は薄暗く、蛍光灯の明かりが白々と車の屋根を照らしていた。空気は重く湿っており、排気ガスと機械油の混じった独特の匂いが鼻をついた。その奥で、30代くらいの女性が一台の乗用車の周りで泣き崩れていた。

「あの子が! あの子がいるの!」

女性は明らかに動転しており、髪は乱れ、顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。その傍らに立つ中年の警察官は、沼田さんの顔に視線を留め、わずかに首を振った。

「いつものパターンです。トランクにペットを閉じ込めたって」

『錠前怪談』(著:正木信太郎/竹書房)

警察官の表情には、慣れきった諦めと、それでも職務に忠実であろうとする責任感が混在していた。沼田さんは女性の車を見回した。白いセダンタイプの車で、特に変わったところは見当たらない。トランク部分からも、特に音は聞こえてこなかった。

「あの子が……あの子が苦しんでる……」

女性は震え声でそう繰り返し、トランクの前で立ちすくんでいた。その手は震えが止まらないでいた。

沼田さんは工具箱から専用の道具を取り出した。車のトランクの鍵開けは、彼にとっては日常的な作業だった。金属の擦れる小さな音を立てながら、慣れた手つきでロック機構を操作していく。カチリ、という小さな音とともに、ロックが外れた。

「開けますよ」

沼田さんがそう声を掛けると、女性は愛するペットが救われることへの一縷の希望に、錯乱状態の中でも身を乗り出すようにトランクを見つめた。警察官も、いつものように空のトランクを確認する準備をしていた。

沼田さんがトランクの蓋に手をかけ、ゆっくりと持ち上げた瞬間――

そこにあったのは、ぎっしりと詰まったアブラゼミだった。