彼らのようになりたいか?答えはノー

自分が図々しいということにすら気づかない人と、勝手に同情したりイライラしたりしている私。 ストレスフリーなのは明らかに彼らだ。天然には勝てない。結局、この世で一番幸せなのは彼らなのかもしれない。

では、自分も「図太い人」や「天然」になりたいのか? と聞かれると答えはノーだ。

私もいい場所で子どもの写真を撮りたいし、気軽にいろんな人に声をかけてみたい。しかし、相手はどう思うか、迷惑じゃないか、傷つけないかとどうしても考えてしまうし、そのシミュレーションができる想像力を失いたくはない。

「他人の目を気にする」という脳内コストの正体は、言い換えれば想像力だからだ。

彼らが持ち合わせていない、この厄介なシミュレーション機能があるからこそ、私は文章が書けるし、誰かの痛みに寄り添えるのかもしれない。

図太い人は人生のショートカットが得意で羨ましいけれど、私は回り道をして、道端の石ころにいちいち躓きながら、その手触りを確かめて生きている。

まあ、燃費は最悪だけど、このポンコツ車で走る景色も悪くはない。

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著者・斉藤ナミさんと婦人公論.jp池松潤が日常に潜む「図々しい人」を徹底解剖。世界史を動かした嫉妬の正体や、AIに感情を教える「嫉妬AI辞書」まで語り尽くしました。
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