そこで秀玲が話に入ってきた。
「ちょっと! 櫻井先生って、櫻井初子?」
ハルがうなずくと、秀玲はいかにも懐かしそうに、そうなのね、とつぶやいた。
「やっぱりはっちゃんはしっかりものねえ。ちゃんと教師になったんだ。はっちゃん、ずっといってたの。女はまず自立だって。だから、勉強たくさんして先生になるんだって。わたし、友人として誇らしいわ」
それはハルが予想もしていなかった言葉だった。
「恨んでいないんですか? だって、櫻井先生が密告しなければ秀玲さんは退学になることはなかっただろうし、ちゃんと伝言を伝えていたら、ハガキをみつけていたかもしれないでしょう?」
秀玲は首を横にふった。
「ううん、わたしだって悪かったの。はっちゃんに噓ついたことを謝らないまま学校を去ってしまった。ずっと後悔してるの」
ボーイがビールを二本お盆にのせて運んできた。京也は秀玲とハルの前にグラスを置くとビールを注いでいく。
ほろ苦いビールを一息で飲み干すと、ハルはいちばん気になっていたことをきいた。
「この手紙が届いていたら、汽車に乗ったと思いますか?」
秀玲は、どうかしら、と曖昧な笑みを浮かべて、窓の外に視線を向ける。ちょうど、帰宅時間で背広を着た役人風の男たちが足早に通りすぎる。
答えをきくことをあきらめかけたころ、ようやく秀玲が口を開いた。
「乗ったと思う。あたし、明日子ほどは夢見がちじゃなかった。でも、結婚させられるくらいならどこにだって逃げてやるって思ってたもの。その旅路に、明日子が一緒にいてくれれば、どれほどすてきだったでしょうね……」
十八時をまわって店内に客が増えてきた。
帰り際、京也が、「どうして『ジョー』なんですか?」ときくと、秀玲は子どもっぽい表情で笑った。
「女学校時代のあだ名。四人、ほんとに姉妹みたいに仲がよかった。長女は、しっかりもののはっちゃん、そのつぎがあたし、三女が内地に帰っちゃった涼子、そして末っ子が甘えん坊の明日子。あたしたち、明日子のこと、エイミーって呼んでた。あたしの可愛いエイミー。これでわかるかしら?」
「ああ、オルコットの『若草物語』ですね」と京也。
ニューヨークで作家になろうと奮闘するジョーに、女学生時代のハルも憧れていた。
「あたしも大好きでした!」
ハルがそういうと、秀玲はうれしそうに微笑んだ。
(続く)
