図書館へよく足を運ぶ

近所に区立図書館の分館があり、ここへはよく足を運ぶ。小さな図書館なのでなにか厄介な目的があるときは果せないこともあるが、うしろに区立の充実した本館が控えているから必要な資料の所在を確かめて注文をしておけば2日後、3日後には届いている。

全集物などは洋の東西を問わず自前で揃えておく必要など全くない。必ず借り出すことができる。むしろ手元に置きたいのは、くだらない本、怪しい本、まれにはそれが必要となることがある。「キョウヨウがあるといい」なんて、こんな駄じゃれがほしいときもあるのだ。

必要な資料とはべつに、私は図書館の書棚をただ見て歩くのも好きだ。もとそれが職業だったせいもあるのかもしれないが(逆にそれがマイナス要因になることもあると思うが)とりとめもなく本の行列を見て歩き、

――えっ、こんな本があるのか――

おもしろい発見があったりする。過日はバルビュスの『地獄』を見つけて借り出した。りっぱな小説だが、ひところ艶書の極みだった。夕食後に昔をたどる。

かくて一日を終えると、いじましくまたテレビをつけながらベッドに入り毛布を引く。そのまま眠りがきて夢を見る。どういうわけか、わが家に帰り着けない夢をよく見る。

――そんな体験は一度もないんだがなあ――

どういう深層心理なのだろう。

――この先にあるのかな――

しらない土地をさまよい、どうにも帰れない。ありうるかもしれない。少し怖い。でも平生を取り戻し、明日のスケジュールを考え、

――今日、用があったかな――

※本稿は、『90歳、男のひとり暮らし』(新潮社)の一部を再編集したものです。

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90歳、男のひとり暮らし』(著:阿刀田高/新潮社)

突然始まった単身生活。

モットーは「“まあまあ”でいいじゃないか」。

簡素に食事を調え、落語は読んで鑑賞、旧知の場所を訪ね、亡き人の思い出に親しみ、眠れぬ夜は百人一首を数える――迫りくる老いを受け止めながら日々を軽やかに過ごすコツを伝授し、人生の豊かさを再認識させてくれる滋味絶佳の老境エッセイ。