死んだ人たちに恨み辛みを口々に言わせたら……
まったくの話、死んだ人たちの、今ではなにも語れない恨み辛みを口々に言わせ、それを聞いたらどうなるか、どれほどの怒りが爆発するか。意見発表会を催したら乱闘国会どころではない。会場騒然荒れ狂い、収拾がつかないだろう。
みんなが叫んでいる。
「俺が死んで大喜びしてんだろう!」
「ひどい施設に入れやがって」
「生命保険が目当てだったな、お前たち」
「死ぬ者はな、本当に辛く、苦しいんだぞ」
「なんだよ、涙なんか流して。早く死ねって思ってたんだろ」
「酔っぱらって人を轢き殺して、それで平気なのかよ」
「一番悪いのはお前だろ。俺に罪をなすりつけやがって」
「お義母さん、よくもみんなで私を虚仮(こけ)にしてくれましたね」
「障害者の苦しみ、本当に知ってるんですか、本当に。あんたが慈善家だなんて」
「お化けになって出てきてやるぞ」
「仏壇なんか、どうでもいいんだ、見栄張りやがって」
いくつもいくつも、どんどん激しく聞こえてくる。まれには「ありがとう。よく看病してくれたわね」と聞こえるけど、これは小さい。
だから私としては、
「どうか皆さん、無になってください」
私は無になるのが嬉しい。この言葉自体が多くの死者からの怒りを呼んでしまうのかもしれないが、私は無です、お許しください。
※本稿は、『90歳、男のひとり暮らし』(新潮社)の一部を再編集したものです。
『90歳、男のひとり暮らし』(著:阿刀田高/新潮社)
突然始まった単身生活。
モットーは「“まあまあ”でいいじゃないか」。
簡素に食事を調え、落語は読んで鑑賞、旧知の場所を訪ね、亡き人の思い出に親しみ、眠れぬ夜は百人一首を数える――迫りくる老いを受け止めながら日々を軽やかに過ごすコツを伝授し、人生の豊かさを再認識させてくれる滋味絶佳の老境エッセイ。




