兄を思う秀長の言葉に心を打たれ……

いったんは秀吉の要請を拒否した小六でしたが、兄を思う秀長の言葉に心を打たれ、協力を快諾したといいます。かくして墨俣城は完成し、これを足がかりに信長は美濃を手中に収めました。

稲葉山城がいつ落城したのかは『信長公記』には書かれていませんが、同10(1567)年が有力とされています。

(写真提供:Photo AC)

このエピソードは信憑性が低いとされる史料『武功夜話』にある話なので史実とはいい切れませんが、秀長の人柄をよく表しており、のちに秀長が人格者として大名たちに頼りにされたことを考えれば、納得できる内容ですね。

※本稿は、『図解 豊臣秀長』(興陽館)の一部を再編集したものです。

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図解 豊臣秀長』(監修:本郷和人/興陽館)

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