兄を思う秀長の言葉に心を打たれ……
いったんは秀吉の要請を拒否した小六でしたが、兄を思う秀長の言葉に心を打たれ、協力を快諾したといいます。かくして墨俣城は完成し、これを足がかりに信長は美濃を手中に収めました。
稲葉山城がいつ落城したのかは『信長公記』には書かれていませんが、同10(1567)年が有力とされています。
このエピソードは信憑性が低いとされる史料『武功夜話』にある話なので史実とはいい切れませんが、秀長の人柄をよく表しており、のちに秀長が人格者として大名たちに頼りにされたことを考えれば、納得できる内容ですね。
※本稿は、『図解 豊臣秀長』(興陽館)の一部を再編集したものです。
『図解 豊臣秀長』(監修:本郷和人/興陽館)
2026年大河ドラマで話題の“豊臣兄弟”のことは、この本を読めば丸わかり!
「秀吉の弟・秀長って歴史の教科書にも載ってないけど、どんな人?」
そんな疑問に答えて、歴史のテレビ番組でおなじみの本郷和人先生が、図解を交えてわかりやすく解説します。





