義父の妨害工作
義父母の介護のリアル
義父による謎の介護サービス拒否活動がはじまって早数か月。後期高齢者、そして認知症患者の介護について徐々に悟りつつある私が考えたのは、育児と介護は大変よく似ているということだ。
本人のためと思い先回りして何もかも準備しすぎると、本人のためにならないばかりか、下手するとすべてがうまく立ちゆかなくなり、予想外の軋轢を生んでしまう。薄々わかっていたはずなのに、どうしてこうなってしまったのだろう。わが家の後期高齢者介護はバランスを崩したまま、かろうじて継続されているような状態だ。
具体的に何が失敗だったのかを考えてみると、一つ思い当たることがある。それは、私が完璧を目指し過ぎてしまったということだ。ケアマネさんと話し合い、月曜から金曜まで、びっしりと予定を組んでもらっていた。連日のデイサービス、ヘルパーさんや訪問看護師さんによる生活援助、身体介護、服薬管理など、平日は家族以外の誰かが必ず義父母に会い、会話をし、様子を確認してもらうようにしていた。
なぜそのようにしたかというと、連日、誰かが二人に会ってくれれば、「私が」彼らの様子を見に行かなくてもよくなるからである。それなりに費用はかかるが、費用がかかったとしても、「私は」自分の時間を使わなくて済む。冷たく聞こえるかもしれないが、これが実の子でない人間による介護のリアルだと思う。そのうえ、プロに任せるのがベストであることは明らかだ。
彼らにとっても、それが安全だと考えていた。様々な支援を受けることで、以前とほぼ変わらない生活を送ることができていた。実際に、数か月前までは、誰もがこれで完璧だと思える状況にまでなっていた。でも、その完璧過ぎるスケジュールが、いつしか彼らにとって(特に義父にとって)息の詰まるものになっていったようだ。完璧に埋められたスケジュールは、義父にとっては一切余白のない、気の抜けない日々の連続だったに違いない。冷静になって考えてみればわかることなのだが、私は二人が求めていないケアを押しつけてしまっていたのだろう。