生前整理のポイント――親とは「時間感覚」が違うと心得る

モノは生活の残骸で、家は人生の残骸。

実家の断捨離では、これら「残骸」の始末を子が負うことになります。親が生きている場合と亡くなっている場合で、その始末の方法は変わってきます。「生前整理」と「遺品整理」の違いですね。

『モノが減ると不安も減る 実家の断捨離』(著:やましたひでこ/大和書房)

では、親が生きている間のモノの断捨離、つまり「生前整理」はどう進めていったらよいのでしょうか。

この場合、親がモノに対してどのような価値観を持っているか――この価値観の受容が大切です。当然ながら親と子では価値観が違います。子にとってはガラクタに思えるモノも、親にとっては思い入れのある逸品だったりします。

とはいえ、親の価値観を理解する必要はありません。「ああそうか、親はこういう価値観を持っているのだ」と受け止めるだけでいいのです。

親と子では時間の流れ方が違います。断捨離では常に「目の前のモノが今の私にふさわしいか」を問いかけますが、この「今」の長さが親子で全く違うのです。

子が「今、これ使っていないじゃない!」と訴えても、親は「今、使っている」と主張します。よくよく聞けば、それを最後に使ったのは10年前。

幼児が1年で目覚ましい成長を遂げる一方で、大人にとって10年くらいは「今」として停滞しています。

このように時間感覚が長くなることは、「思考・感覚・感性」が老けていったことを意味します。「思考・感覚・感性」が老けると肉体も老けていき、肉体が老けると「思考・感覚・感性」も老ける。

老けてしまった人にとって未来は不安でしかありません。なぜなら閉塞して淀んだ「今」が物事の判断基準となっているから。淀んだ環境の中で想像できるのは淀んだ未来しかありません。