なんでがんなんかになっちゃったのかな
その後、和恵さんはいったん退院してから抗がん剤治療を開始したものの、効果は芳しくなく入退院を繰り返す日々でした。当時の僕は主治医でありながら、余命を告知された患者さんをどうケアしていけばいいのか、何のノウハウもありません。
朝昼晩、病室の和恵さんのベッドサイドに通い、いろんな話をしました。笑顔で話してくれた翌日には、「なんでがんなんかになっちゃったのかな」と泣く日もありました。
やがて告知から2カ月後に僕は関連病院へ異動となり、同時期に和恵さんは激しい副作用を伴う抗がん剤治療を打ち切って自宅に帰りました。
僕は自宅で療養する和恵さんに会いたくて、時々お宅に遊びに行きました。抗がん剤をやめて副作用から解放され、家族と温泉や旅行を楽しむ和恵さんの生き生きとした笑顔に、僕はとても驚いたことを覚えています。そんな和恵さんに結婚を控えていた僕は、「3カ月後の結婚式でピアノを弾いてほしい」とお願いをしました。
和恵さんはとても喜んでくれて、いつでもピアノが弾けるようにとリビングにベッドとグランドピアノを運び込びました。ちょっとだけピアノが弾けた僕もお宅に通って大好きなショパンの「夜想曲」を和恵さんに習いながら、一緒にピアノを弾きました。