「認知症の人」じゃない、「私のお母さん」だ
「子どものころは、どんなお子さんでしたか?」
私の診療所に来た家族の話です。
長女が、お母さんのことをひどく「認知症扱い」しているようにみえました。お母さんの発言を否定しないものの、無視していました。お母さんを意思ある一人の人間として、また家族の一員とみなしているようにはみえませんでした。
そこで、診療のたびに、長女に「母の思い出」について聞いていくようにしました。
さらにお母さんに、「子どものころの娘さんって、どんなお子さんだったのですか?」と尋ねました。すると、「しっかりしていて、何も言わなくてもパッパッとやっていましたよ。今では家事とか、育児とか、もうちょっと丁寧にやってと思うんだけど(笑)」と言います。
「この子はしっかりしている」と、あえて、お母さんに言わせました。
「患者」「認知症の人」から、娘さんの「お母さん」に戻ってもらったのです。
多くの認知症の人は、役割や影響力を失うことで、状態を悪化させていきます。そこを多少なりとも戻したいと願った対話でした。
また、戻った「お母さん」を娘さんがみることで、「私の母は、こう生きた人」と知ってもらいたかった。「認知症の人の、娘」じゃなくて、「立派に生きた母の、娘」として生きてほしいという想いがありました。
家族は、認知症をみて本人をみなくなるものです。これまで顔さえ見れば通院や治療の説得をされ、家族の団らんもなくなっていたのではないでしょうか。
母を母として認識しなおすことは、その子である長女のこれからの人生にとっても意味があることだと思えました。