母は、母を辞めることはない
何十年にもわたって母として生きた人が、家族の心配をする立場から、突然、心配される立場に変わることは、どれだけ深い悲しみをもたらすでしょうか。
「母は、母を辞めることはないのだ」と、若年性アルツハイマー型認知症を発症した52歳の母をもつ娘さんが教えてくれたことがあります。
夫は毎日帰りが遅く、アルバイトをしながら専門学校の受験勉強をしている娘さんが、お母さんの日常を助けていました。
お母さんは家で、「ちゃんとご飯食べているの」「ちゃんと寝ているの」と繰り返すのだそうです。それに対して娘さんは私に、「自分も役に立っているって思ってくれればいいのに」「お母さんが可哀そう」「大丈夫って伝えたい」と話しました。
娘さんは、私が診療の場で伝えた「家族は介護者になっちゃいけない」「お母さまを『世話をされる人』にしない」という言葉を心に留めて接していました。お母さんは以前より落ち着いてきて、診療の場でも戸惑いが減ったように思いました。
子どもが「母」の心配を、その気持ちを受け止めることは、母としての尊厳をもち続けることになるのだと思いました。
父や母という役割。
親としていつも心配している役割、小言を言う役割、愚痴を言う役割、料理をして掃除をして家を守る役割、くだものの皮をむいて笑顔で差し出す役割、帰省した子をもてなす役割――。
役割があるということは、生きる意味を実感するということだと思います。
「母を、父を、認識し直す」ことが必要なのではないでしょうか。
家族は、認知症をみて人をみなくなりがちです。
「父や母という役割」は、本人の尊厳を守ることに繋がります。
※本稿は、『認知症になって幸せな人、不幸せな人』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
『認知症になって幸せな人、不幸せな人』(著:繁田雅弘/PHP研究所)
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