犬に同情された飼い主

それから2時間後、父は、友人に裏切られた怒りを全身にみなぎらせて帰ってきた。

母は「知らない人が夕飯を食べているところに来て、怖くて涙が出た。お父さんはAさん以外にも騙されたことがある。人を見る目が全くないんだから」と悲しそうに言った。私には母が怖がっているようには見えなかったが……。

母に痛いところを突かれた父は、「マツは何をしていたのだ。団体を家に上がらせるとはなんということだ」と、八つ当たりのようなことを言い出した。いつも玄関の近くの小さな庭にいる飼い犬のマツは、犬には吠えるが、家に入る泥棒でも人間には吠えないことを、父は充分に知っている。マツは大相撲ファンの父が、力士の『松登』からつけた名前だ。

父は兄にマツを連れて来るように言い、兄は玄関の中にマツを入れた。

しかし、父は怒る気力を失った。マツは玄関に坐り、目じりを下げた最大級の心配顔をして、父を見上げたのだ。「ご主人様、大丈夫なんですか?お家は売られずに済むのですか?」という心配の表情なのである。

母は傍にいた兄と私に、「お前たちが学校に行ったあと、お父さんの妹が、『零細企業の倒産が多いけれど、お兄さんの会社は大丈夫?』って、心配して電話をしてきた。お父さんは、『会社を始めた時から倒産しているのと同じだから、倒産するはずがない。そんなことで電話をするな!』って、変な見栄を張って、大声で妹を叱ったの。マツは耳がいいから、聞こえたのよ」と話した。

父は「情けねえなあ。犬に同情されるようじゃあ」と言い、マツの頭をなでたが、マツの心配顔はそのままだった。

小学生のしろぼしマーサが「一緒に写真を撮ろう」と言ったら、りりしい顔になったマツ
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