二つ目、三つ目のパターン

そして二つ目のパターンは、

「やったことがなさすぎて、未知の領域に足を踏み入れるのが怖い」。

『めんどくさいは、あっていい。「めんどくさい」を活かす究極の方法』(著:ゆうきゆう/清流出版)

経験がなければ、当然スキルもありません。スキルがなければ失敗率も高い。

失敗すれば評価が下がる……その未来予測が一瞬で立ち上がるんです。

料理したことのない男性が突然、「今日の夕飯作って」と言われたら、めんどくさいのは当然です。同じように、赤ちゃんのおむつ替えも、洗濯も、アイロンがけも、洗い物も、やったことがなければ全部「ラスボス」に見えます。

人間は、経験ゼロの領域には本能的にブレーキがかかるので、

「めんどくさい」

「無理」となるわけです。

さらに三つ目のパターン。

これが意外と強く影響します。

「家事をやるということは、相手に『使われる立場』になるのでは?」という恐れです。人間関係の上下関係に敏感な人ほど、こうした「役割を押しつけられる未来」を無意識に予測します。

たとえば妻に、

「お皿洗って」

と言われたとき、夫がめんどくさいと感じる背景には、

「今日洗ったら、明日も頼まれるのでは?」

「これ俺の担当になるのでは?」

「なんか使われる側にならない?」

という「未来の労力の増加」まで一瞬で計算する脳があります。

損得勘定というよりも「自分の立場が下になるのが怖い」という自我の防衛があるんですね。

実際、人によっては、

「やったら最後、便利屋扱いされる……」

という思考を持ってしまうこともあります。その恐れが「めんどくさい」に変換されて表に出てくるわけです。