自ら車のハンドルを握るようになると、そうした自転車の運転がどれほど危険なのか、痛感するように…(写真:stock.adobe.com)
時事問題から身のまわりのこと、『婦人公論』本誌記事への感想など、愛読者からのお手紙を紹介する「読者のひろば」。たくさんの記事が掲載される婦人公論のなかでも、人気の高いコーナーの一つです。今回ご紹介するのは愛知県の50代の方からのお便り。学生の頃の楽しかったある思い出。でも、自分が車を運転するようになって、痛感したのは――。
自転車は恐ろしい?
部活動が終わった後の帰り道は、学生時代の私にとってかけがえのない時間でした。仲のいい友人と自転車で2列、3列と道に広がって走る。そうして互いの顔を見ながら会話を弾ませるひとときは、厳しくつらかった練習の疲れを忘れさせてくれる、とても楽しい瞬間だったのです。
しかし、運転免許証を取得して、自ら車のハンドルを握るようになると、そうした自転車の運転がどれほど危険なのか、痛感するようになりました。
自動車のドライバー側の視点に立てば、自転車ほど動きが予測不能で、恐ろしい存在はありません。もし車の運転中、近くに自転車を見かけたら、相手が急に進路を変えたり、飛び出してきたりする動きに備えて、神経を尖らせる必要があります。
なかでも、かつての自分たちのように、道路で並走している自転車は本当に危ない。2列、3列と広がって走行されると、安全に追い越すために、自動車は対向車線へと大きくはみ出さなければなりません。でも対向車がいたら追い越しができないので、自転車のペースに合わせて、その後ろを低速で走り続けるしかない。
それを知らない後続車からはクラクションを鳴らされ、車内で「もう、いい加減にしてよ!」という文句が口をついて出ることもしばしば。学生時代に、当たり前のようにやっていたことを、今頃になって反省する日々です。
2026年4月に改正道路交通法が施行され、自転車運転の罰則が強化されました。しかし、ただルールを厳しくするだけでは解決しない問題が多いように感じます。自転車も自動車も安全に、安心して通行できるような環境や、歩行者を含めたすべての道路利用者を守るような社会が、今後築かれていくことを願っています。