「野良猫に噛まれた」と言い、高熱を出した父

父は、住宅地にある自宅で母と共に装身具を入れる箱を作り、母は近所の奥さんたちにもパートや内職として仕事を頼んでいた。父はできた商品を車に載せ、1時間かかる都内の自分が経営する会社に運んでいた。

父が夜、会社から車を運転して帰ってくると、チロはタイヤを威嚇するのと同じように、全身の毛を逆立てて、父を威嚇した。

父は「俺を一家の主と思っているから、強いところを見せたいのだろう」と言っていた。

そんなある日、父は左腕の肘から下に包帯を巻いて、いつもより早く帰宅した。「車をやっと運転して帰って来た。会社の近くにいた野良猫を抱こうとしたら噛まれてしまった」と言うのである。

そして深夜3時、寝ていた父が「ウーン、ウーン」と唸り、苦しみ出した。母が体温計を持って来て測ると、高熱だった。

母は、「猫に噛まれてバイ菌が入った」と言い、寝たままの父の腕に薬をつけて消毒をした。氷を入れた枕をして苦しむ父を、チロは母の横に坐って眺めていた。

翌朝、私は高校に行ったが、母と兄はタクシーを呼び、2人で父を病院に連れて行った。

私が高校から帰ると、父は会社を休んで寝ていた。母は、「病院の先生に『猫にガブリと噛まれて、口の中の細菌に感染したのでしょう。熱が出たのは危険で、すぐに病院に来てほしかった』と言われた」と話した。

兄は、「野良猫には気をつけないと。先生は、『猫に噛まれた方が、女性に噛まれるよりはいいかな』なんて、お父さんに冗談を言っていたよ」と言った。