(イラスト:WALNUT)
ジェーン・スーさんが『婦人公論』に連載中のエッセイを配信。今回は「不甲斐なさに」。お世話になっていた人の訃報に、長年の不義理を後悔しながら帰途についたスーさん。歩行者天国の雑踏で、じっと動かない女性の姿を見つけ――。

不甲斐なさに

日曜日は父の家で、自著にサインをしていた。H氏の棺に入れるために。

60年弱もの長きに亘り、猪突猛進で自分勝手な父を温かく見守ってくださったH氏が、91歳で天寿を全うされた。母が生前の頃から、戎様(えびすさま)のような笑顔で我が家の在りようを肯定してくださった方だ。所作は隅々まで洗練されており、本物の紳士だった。

残された奥さまから依頼されサインした本を開き、H氏について書いた章を読む。私の活動を父よりずっと気にかけてくださっているにもかかわらず、長年不義理をしてしまったとあった。

上梓したあとも、私は父からH氏の近況を聞くだけで、不義理を続けていた。なにも変わっていない。訃報を知ってからこんなことをしても、義理は果たせない。自分の不甲斐なさに胸焼けする思いだった。

父の家をあとにし、然(さ)したる理由もなく、いつもとは違う路線で自宅へ向かった。途中、新宿三丁目駅で降りて地上に出る。伊勢丹のあたりは歩行者天国になっており、大賑わいだった。休日を思う存分楽しんでいるのか、誰もが笑顔を湛えていた。

外国人がミュージックビデオの撮影をしていたので、有名アーティストかなと思い、しばし足を止める。すると、撮影などお構いなしに往来する大勢のなかに、じっと動かない女性の姿を見つけた。ガードレールそばの地面に座り、膝を抱えてうつむいたまま。さり気なく近づいてみると、帽子を深く被り、サングラスをかけ、マスクをしていた。尻の下にはダンボールが敷かれ、足元に置かれたプラスチックの容器には小銭が入っている。ホームレスだ。