50年以上も生きているのに
女性のホームレスは少ない。いや、正確には存在が目に入りづらい。歳の頃は50代半ばだろうか、まだ若い。パンパンに荷物が入った薄手の大きなトートバッグが3つ、体の横に置かれていた。
人々はみな、彼女の前を素通りする。存在など目に入らないのか、それともジロジロ見るのは失礼だと気づかないふりをしているのか、上手に避けて歩くのだ。明らかに困窮した人間がそこにいるにもかかわらず、誰も足を止めない。そういう私だって、どうしたらよいのか見当もつかなかった。
なにが必要かは、プラスチック容器が雄弁に語っている。そこにお金を入れて立ち去ることもできたが、H氏に対する不義理を痛感したあとの私には、どうしてもそれだけで終わらせることができなかった。自身が抱える罪悪感の補償行動をしたかったのかもしれない。H氏に対する償いには、まったくならないのだが。
病人なら、見知らぬ相手でもすぐに駆け寄ることができる。しかし、見ず知らずの生活困窮者にはどうアプローチしてよいのかわからない。失礼なことをしたり、傷つけたりするのは不本意だ。50年以上も生きているのに、この事態に対する最適解を持たぬ自分が恥ずかしい。
15分は彼女を遠巻きに見ていただろうか。私は意を決し、向かいのスターバックスで、アイスカフェラテとアイスティー、クロワッサンを買った。ゆっくり彼女に近づいて隣にしゃがみ、アイスカフェラテとアイスティーのどちらが好みかを尋ねた。
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きのうまでの「普通」を急にアップデートするのは難しいし、ポンコツなわれわれはどうしたって失敗もする。変わらぬ偏見にゲンナリすることも、無力感にさいなまれる夜もあるけれど、「まあ、いいか」と思える強さも身についた。明日の私に勇気をくれる、ごほうびエッセイ。






