妻の願いを形にした壮麗な霊廟

皇帝は皇妃を寵愛し、どこの遠征にも連れて行ったと言います。インドの灼熱の高原や湿地帯を何千kmと移動する旅は過酷なものだったでしょう。そんな結婚生活を18年送るなかで、14人の子が誕生しました。しかし、皇妃は最後の子を出産後に容体が急変したのです。彼女は死を悟ったのか、駆けつけた皇帝に頼みごとをします。自分の名が後世に残るような墓を造ってほしい――。

その願いを叶えるべく、インド各地のほか、ペルシャや中央アジアなどから、およそ2万人もの職人や石工、彫刻家たちが集められました。約22年の歳月を費やし、完成したのは1653年のことです。霊廟は帝国のシンボルとして栄華を誇りましたが、シャー自身は悲しい結末を迎えます。晩年、病気を患い政権を退くも、息子たちの後継者争いに巻き込まれ、アーグラ城に幽閉されてしまうのです。彼は城の窓から見えるタージ・マハルを眺めながら何を思って人生を終えたのか、思いを馳せてしまいます。

 

アーグラ城の広間
晩年、皇帝シャー・ジャハーンが幽閉されたアーグラ城の広間。タージ・マハルから約2kmの距離にある (撮影:富井義夫)

 

世界遺産登録名/タージ・マハル
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