感情は社会にのみ存在する

高野 患者さんを看取る医師から見ると、患者さんは三人称でもあり、二人称でもあります。死亡診断をして、死亡時刻を決め死亡診断書を書くときは三人称ですが、大事な患者さんとして人間関係を築いてきた相手は二人称です。間を取って二・五人称だと言うこともあります。

養老 最近、リサ・フェルドマン・バレットというアメリカの心理学者の本を読みましたが、彼女は感情も社会的な概念だと言っています。僕らのように古い心理学を学んだ人間は、喜怒哀楽は、脳の中の特定の状態で定まってくると思っていました。そこで彼女は、それをかなり丁寧に調べたんです。

心理学の本には、だいたい「怒ってる顔」「悲しんでる顔」「笑ってる顔」といった教科書的な写真が出てくるでしょう。あれは俳優に演技させた写真なんですよ。だったら、その表情を数値化できるはずですね。どの顔面筋がどれだけ動いたとか、脳のどこがどう活動したとか。彼女はそれを調べて出した結論が、「人によって違うので、一般的な回答はできない」というものだったんです。これもロビンソン・クルーソーを考えればわかる。怒っても、笑っても、一人きりでは意味がない。たった一人っきりで怒ってる、たった一人っきりで笑ってるというのは、どう考えても普通じゃない。感情は社会にのみ存在するんです。

実際、アフリカのある民族には「喜怒哀楽」の概念そのものがないらしい。そうすると、行動心理学にならざるを得ませんよね。「怒っている」というより、「あいつがあいつを殴った」と表現するしかない。

だから医療にしても、病気にしても、「自分だけのものではない」ということを、今の若い人に教えたほうがいいんじゃないかな。「自分の身体は自分のもの」「人生は自分のもの」と思ってますからね。それはとんでもない間違いなんです。みんなが「間違いなく一般的に存在する、客観的な事実だ」と思ってることが、必ずしもそうじゃないんですね。

※本稿は、『“幸せ”よりも “居心地”のよい生き方』(ビジネス社)の一部を再編集したものです。

【関連記事】
養老孟司が指摘する<日本独特の圧力>。「赤提灯で飲んでると『東大の先生とあろう者が』って言われたけど、どこで飲もうがこっちの勝手」
心筋梗塞とがんを経験した養老孟司「人が生まれたときを1としたら0になるまで生きている。今年で89歳になる僕は0.1くらい生が残っているが、逆に言うと0.9死んでいる」
養老孟司が考える<死の恐怖の克服方法>。「生と死は対のものなのに、現代人は死を考えるのを怠けている。だから…」

“幸せ”よりも “居心地”のよい生き方』(著:養老孟司/高野利実/ビジネス社)

がんになった養老先生と医師になった東大の教え子が30年ぶりに再会──。

東大時代の思い出、自然と人間、がんとの向き合い方、理想の医療、そして明治以来の日本人が抱えるストレスまで、縦横無尽に語り尽くす。