(イラスト:WALNUT)
ジェーン・スーさんが『婦人公論』に連載中のエッセイを配信。今回は「正解はなにか」。歩行者天国の雑踏で、じっと動かない女性の姿を見つけたスーさん。向かいのスターバックスで、アイスカフェラテとアイスティー、クロワッサンを買って――。
新宿三丁目の歩行者天国で
アイスカフェラテとアイスティーとクロワッサンの入った袋を彼女の脇に置き、どちらが好みかを尋ねた。「アイスカフェラテのほうが好きです」と彼女は答えた。では、こちらクロワッサンもどうぞと袋を指さしたが、手で受け取ってはくれない。私はアイスティーを飲み始めた。
暑いですねえ、とか、夜はどこで? とか、少しずつ会話を試みる。夜は大ガードのほうで寝泊まりするらしい。友達の家に泊まることもあるとか、仕事がある日もあるとは言うが、定かではない。定職に就いていなければ家を借りるのが難しく、住居がなければ定職に就くのが難しいのがこの国だ。真面目な人ほど、ちょっとした躓(つまず)きで路上生活になる。見ず知らずの女に、カフェラテ一杯でなんでも話してくれるわけもなし。
彼女の出で立ちは、長袖長ズボン、帽子を被りサングラスにマスク。明らかに「隠れて」いた。隠れようとはしているが、繁華街でプラスチック容器を前に、地面に座らなければならない生活状況なのだ。肌にはツヤがあり、声にもハリがあった。受け答えを聞く限り、メンタルも大丈夫そう。家を失ってから日が浅いのだろう。
彼女に背を向け財布を覗くと、お札は1万円札しかなかった。この1万円が手元から離れても、私の明日の生活に支障は出ない。彼女のほうに向き直り、渡したいものがあるが、その箱に入れるのは物騒なので手渡しでもよいかと尋ねながら、3つに畳んで手に握った1万円札を渡した。
「あっ」と小さな声を出し、彼女はそれを受け取った。少し頭を下げて。それで十分だった。人は誰でも、ギリギリのときほど「すみません」とか「ありがとう」なんて言葉は出てこないものだ。
