東日本大震災のニュースを見た母は…

それからしばらくたった平成23年3月11日の東日本大震災の時に、私は母の認知症が始まったと思った。

地震の後、私は都内の会社から東京郊外の家に電話をした。電話に出た母は、「東北が大変なことになっている。みんな大丈夫かな?」と、言った。

東北には知り合いはおらず、私は「家具は倒れていないの?」と聞いた。すると母は、「大丈夫よ。B29は来ていないから」と答えた。

母の返事に違和感があり、兄を電話に出してほしいと頼んだ。兄は統合失調症で働いていなかったが、その当時は病状が安定していたのである。

兄は「かなり揺れたけれど、家も家具も大丈夫。でも、ニュースを見て、お母さんは『B29が来るから、攻撃されないように電気を消した方がいい』と言って、地震と空襲が頭の中で混乱している。80歳を超えているからしかたないな」と、冷静に言った。

私は交通機関が混乱していたので、その夜は会社に泊まった。

次の日に食料品を買って家に帰ると、母は、「よく食料が手に入ったわね。そうか配給があったのね」と真剣な顔で言った。母の地震と空襲の混乱は、日にちがたつと治った。

しかし、認知症の症状は徐々に進行。ケアマネジャーさんやヘルパーさんが来るようになると、「空襲にあったことがあるの。火の粉が雨みたいに降って来てやけどをしたのよ」と、シワとシミのある手と腕を見せていた。

東京大空襲で母がやけどをしたのは、顎から首にかけてと足だったのだが……。

(写真:stock.adobe.com)

 

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