夫から届いた書類は

夫と出会ったのは30年前。活字が好きだった少女時代の夢を捨てきれず、化粧品会社のOLを辞め、夫が経営していた小さな出版社の門をたたいた。私は25歳、夫は52歳の時だった。私は性格が素直すぎてアクも押しもなかったから、編集者としての素質はなかったのかもしれない。「君は家庭にいるほうが向いている。私ももう一度、家庭を持って子育てをしたい。私の家族は崩壊している」。そんな言葉に従うほど、バカな小娘だった。

年明けの電話の後、夫からの連絡は途絶え、しばらくして1通の書類が届いた。なんと夫と正妻連名で、私を訴えるという。真実が明るみに出たことにより、正妻や家族に頭が上がらない夫は、介護してもらうための免罪符として、中野の家を売り飛ばすようだ。私たちをここまで追い詰める夫に対し呆然とする。

あれから半年が過ぎ、つい先日のこと。弁護士から、夫が亡くなったとの知らせを受けた。「母親を訴えない代わりに、娘への遺留分は相続放棄しろ」とのことだった。私たち親子は中野の家を追い出され、今は自力で再出発をしたばかり。生きているうちに地獄を見た人間は、度胸だけがつくらしい。もう夫の家族に会うことはないだろう。

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