本連載がまとまった青木さやかさんの著書『母』

もし、東京に来ていたら

「うん。それもいいけど、セカンドオピニオンみたいなのもあるでしょう。最先端みたいなもの、私の友だちが行ってみて、とてもよかったって」
「いや、いい」

「試すだけやってみない?」
「あそこが、いい」

「痛くなくて治る、みたいなの、あるみたいだから」
「そんなものはない」

「いや、あるらしいよ」
「お父さんは、あそこでいいから、もうその話はいい」

わたしは、何度か父を東京の病院に誘ってみた。自由診療の病院だったり、そうでなくても評判の病院だったりを父のために聞いてまわったのだ。
だが、父は頑なに断った。

そして、「あそこの病院」で亡くなった。

そのときわたしは
「東京に来ていたら、父はもう少し生きていたかもしれないのに」
と思った。思っちゃいけないと思いながら。

入院してみて気づいた。
この先生、この看護師さんだから安心できる。その瞬間だけかもしれないが、不安が薄まり痛みが減る。

父にだってきっと、馴染みの先生や看護師さんがいたに違いない。
最期はそこがいいんだと父に思わせてくれた「あそこの病院」があったことに、わたしは娘として、こんなありがたいことはない、とわかった。