手術から2日経ち、吐き気がようやくおさまり、熱も下がった。排尿のためのカテーテルもとれた。

「廊下を歩きましょうか」
と先生に言われ、廊下に出てみると、50メートル先に窓が見える。

あんなところまで辿り着くなんてまるでムリ!あんなところまで歩いていた一昨日までのわたしって奇跡!くらいに思った。それでも付き添ってくれた看護師さんに励まされながらなんとか歩き、部屋に戻り、ベッドに横になった。

 

痛みと吐き気から解放されて

体についていた管がだいぶ減り、ようやく家から持ってきた本を読もうという気になった。持ってきたのはハワイを舞台にした小説で、読み進めていくと心はハワイへ飛んでいった。

わたしはハワイが好きだ。

9年ほど前だろうか、娘が幼稚園に上がる前だった。
ハワイに住んでいたことがあるという隣のご家族が
「さやかさん、ハワイ行ったことないでしょう?一緒に行きましょうよ!」
と熱を込めて誘ってくれた。

「ハワイって、そんなにいいんですか?」
「私の身体はハワイで出来てますから」

「え、すごい。どういう意味かわからないけど」
「さやかさんも行けばわかりますよ」

「え、わかるんですか。わかっちゃうんですか〜」
「嬉しい!さやかさんもハワイを好きになってくださって」

「まだ行くとも好きとも言ってないですけども」

その冬わたしはハワイに行くことになり、ハワイを好きになり、細胞にハワイを取り込めるだけ取り込んだ。

痛みと吐き気から解放されて、心はハワイへ(写真提供◎青木さん)

亀の産卵やイルカを見たり、カキ氷やパンケーキを食べたり、ノースショアに行ったり、ホールフーズに買い物に行ったり、どれもこれも楽しかったが、なによりハワイの空気と空が良かった。

痛みと吐き気がなくなったら心は自由になった。
自由になったら、心でハワイに旅ができた。

予定では、あと2日もすれば退院できるはずだ。少し余裕が出でてきたら、隣のベッドに入院している女の子の声がカーテン越しに聞こえてきた。

〈つづく〉

青木さんの連載「48歳、おんな、今日のところは「●●」として」一覧

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10月20日から白井晃 演出の「Home I'm Darling ~愛しのマイホーム~」(シアタークリエなど)に出演する。