脚本家 倉本聰氏との縁

今回の移住のキーマンは、脚本家の倉本聰氏だった。シェフと敬子さんはもともとテレビドラマ「北の国から」の大ファン。

「倉本先生の世界をなぞって生きていきたいと思ってきました。なぞってもいいか、仁義を切らなきゃ。それでレストランへお誘いしたんです」

薪集めも大切な仕事。部屋には薪ストーブもあり、外の小屋に薪窯も手作りで新設(写真:『レストラン「ル ゴロワ」のレシピから-季節のごはんと暮らし方』より)

これがきっかけで、倉本氏と縁ができ、さまざまな相談に乗ってもらってきた。

2011年。ある第3セクターの誘いで、北海道へのレストラン出店が決まりかけた。でも夫妻の意に反して、出店計画の規模がどんどん大きくなり、東日本大震災をはさんで、先方との考えの相違も出てきた。結局、計画から降りた。「商売としてはいい話なのに、なぜ降りるのか」といった意見も周囲に多かったと言う。

「倉本先生にご相談したら、『君たちの世界じゃないから断ってよかったよ。このまま進みなさい』と言われ、ほっとしました」

そのあとだった。富良野塾跡地で馬を育てながら暮らしてはどうかと倉本氏に言われたのは。