「私には瀬戸内寂聴がいる」と思えたら

いつの間にか連載してきたエッセーも5年を迎えた。意外と読者が多いようで、よく「読んでるよ」と声をかけていただく。

書くことが、こんなに自分の光になるとは思いもしなかった。先生に出会えただけで充分なのに、自分の知らなかった自分を先生が見つけてくれた。自己肯定感の低かった私を先生は褒めて、認めてくれた。居場所なんてないと思っていた私を、先生は受け入れてくれた。嫌なことがあったり怖いことがあっても、「私には瀬戸内寂聴がいる」と思えたら無敵に感じた。

先生は大きくて深くて、私にはなくてはならない存在。99年という人生を歩んだ先生の晩年に、私に逢えてよかったかもね、って思ってほしい。

一人で生き続けてきた先生に、一人じゃないって知ってほしい。私が出来ることは特別なことなんて何一つないけれど、先生のそばにい続けること、それが私の希望なのだ。

この10年間で私が一番一緒に時間を過ごしたのは先生だと思うし、先生も私だと思う。その年月が、私の人生に蓄積されていって、揺るがないものになったように感じている。それが、私の中の強さへと変わり、覚悟になった。

つまり、先生との時間を経て、自分が経験を重ね、子どもの親となり、昔のひ弱な私ではないということ。老いていく先生を見て私なりにそれを日々受け入れようとしてきたこと。

10年という年月はあっという間で、あっけなくて、でもものすごく貴重な時間であった。

10年間、いつもいつも心強かったのは先生のおかげで、想像もしなかった今を送れていることも先生のおかげで、私が出来ることは先生を笑わせることしかないけれど、まだまだ一緒に、大笑いしたかった。

本当、淋しい。

私が先生と過ごした、2017年から2021年までの日々の記録は本にもまとめた。私が見てきた先生の素顔と、先生から私が教わったこと、先生の情熱と愛溢れる生き方が伝わってくれたらうれしい。

そして心から、先生への感謝を込めて。

瀬尾まなほ

※本稿は、『寂聴さんに教わったこと』(講談社)の一部を再編集したものです。


『寂聴さんから教わったこと』(著:瀬尾まなほ/講談社)

66歳年下の秘書が、誰よりも近くで見つめつづけた寂聴さんの最期の日々と、愛の教え。寂聴さんの素顔を伝える写真多数収録。