いつ死んでもいいつもりで過ごしてきた
そもそも私は小さい頃から病弱で、寝てばかりの子どもでした。37歳で娘を出産したあと4年ものあいだ、ほぼ寝たきりで過ごしたこともあります。これは帝王切開の手術をするのに麻酔が効いていなかったという、完全なる医療ミスによるもの。
体中が痛くて動かせず、天井ばかり見つめる生活が続きました。筋力が戻り、まともに歩けるようになるまで10年以上かかりましたね。のちに「線維筋痛症」だったと判明したのですけれど。
あの時期は子育てもままならず、中学生になっていた息子のお弁当だけは作りましたが、乳飲み子だった娘のほうは乳母にほぼ任せっきり。だんだんとうつ状態に陥り、生きる気力がなくなって、細胞が死んでいくようで……。
そんな経験があるので、「死」に対しては恐怖感を持っていません。いろいろな欲もなく、いつ死んでもいいつもりで過ごしてきたのです。でも肺がんとわかったとき、焦りました。このタイミングでは死ねない、やりかけていることがいくつもある、と気づいたのです。
たとえば事務所(元夫の吹越満さんと設立した芸能プロダクション)の所属俳優たちのこと。三浦涼介君は私が担当していますから、彼がひとりで役者として生き抜いていけるところまで誘導する義務があります。吹越満という役者に対しても、まだやり足りないことが残っている。息子や娘に教えておかなくちゃいけないこともある。孫に至ってはまったく手つかずで、何もしてあげられていません。