『残像に口紅を』(筒井康隆・著/中公文庫)。表紙絵は彫刻家の舟越桂。本文中のイラストは山内ジョージ。動物の一部が、失われる文字のカタカナの形をして消えていく

濃密な小説で胃に穴が

そのころ濃密な連載小説を2本抱えていた僕は、胃に穴が2つ空いて入院したんです。ひとつは『文学部唯野教授』によってできた穴だと思っている(笑)。それでいて、もう一つの構想がすでに頭にあった。それが『残像に口紅を』だったんです。

思えば50代の僕はやたらと意欲的でしたね。ただ、構想を実行に移すのは退院してからだと考えました。だってワープロを使わないと書けない作品だから。キーボードを使って、消えていった文字の上に印をつけて打てないようにするという作戦でね。

それにしても大変でした。なんでこんな厄介な小説を書きはじめてしまったんだろう、と幾度後悔したことか。種明かしをすると、最初から順に書いていくと最後で行き詰まるだろうと思って、途中まで執筆したところで最後の部分を先に書いたんです。

そこから遡って書き進めていったわけなんだけれど、何かの拍子に苦労して紡いだ最後の部分がワープロから消えてしまった。あれには驚いた(笑)。寿命が確実に10年は縮まったね。ああ、思い出すだけでどっと疲れてきた。

こうして3度も日の目を見て、作者としては報われました。この勢いが、近著の『ジャックポット』の売り上げにつながれば最高なんですけれど。なんて欲をかいちゃいかんのかな。(笑)